減らぬ線量、黒い袋の山が積み上がり「飯舘に本当に帰村できるのか」(6/9 河北新報)

 東京電力福島第1原発事故について、自民、公明両党が「2017年3月までに福島県の避難指示区域解除を」と政府に提言し、帰還を急がせる政治の動きに、同県飯舘村の住民から疑問の声が上がっている。放射線量が現在も高めの地区では、国が住宅周辺の除染を行った後も線量が減らない家が多く、水田に造成された汚染土の仮々置き場の撤去時期も示されず、村と住民の懇談会で「このままで帰村できるのか」との訴えが聞かれた。

 比曽の農家で元区長、菅野啓一さん(60)=福島市に避難中=は先月から、住宅周辺の除染が終わった住民宅を回り効果検証の測定をしている。家々の周囲を歩きデータを集める。
 土を5センチはぎ取り客土する除染方法で、ある家では玄関側の空間線量が毎時2.2マイクロシーベルトから0.5マイクロシーベルトに下がった。どこの家でも7~8割減の数値になった。
 だが、土のはぎ取りが行われない居久根(屋敷林)に面した裏手では、ある家では7.1マイクロシーベルトから3.5マイクロシーベルトにしか下がっていない。「6マイクロシーベルトという高線量のままの家もある」と菅野さんは指摘する。
 比曽は村南部の居住制限区域で、帰還困難区域の長泥に隣接する。原発事故後の11年4月に、村の定点測定で9マイクロシーベルト近かった線量は、4年間の自然減を経てもなお約3分の1のレベルだ。国の除染の効果を期待した住民からは、疑問が出ている。
 「健康で安全に生活できる空間線量の確認・検証がが(帰還への)原則。国は避難指示区域の解除の根拠を、住民に示すべきだ」。先月末に村が開いた比曽住民との行政区懇談会に、同地区は区長名で質問書を出し、こんな指摘を連ねた。
 菅野さんは12年9月、放射線専門家らの協力で、自宅の居久根(杉林)の除染実験をした。高さ10メートル近くまで枝を切り、深さ十数センチのはぎ取りをし、やっと空間線量を2マイクロシーベルトに下げた。
 住民や支援者と地区全域の線量や土壌の測定も重ねている。役員らでつくる地区の除染協議会に環境省の飯舘村担当者を招き、高線量地域の実情に合う除染方法を要望し続けてきた。
 「だが、居久根では落ち葉や堆積物などを取り除くだけ、といった一律の基準を国は変えず、『帰村』を現実に迫られる今になって、問題があらわになった」
 比曽の中心に広がる水田では現在、国が約30ヘクタールを借り上げて除染土の仮々置き場を造成中だ。農地除染は今春スタートし、黒い袋の山が積み上がり始めたばかり。これが17年3月までに撤去される、という回答も地区に示されていない。
 行政区懇談会ではこれらの指摘とともに「2年後に戻って営農できるのか。本当に暮らせるのか」との問いが住民から上がった。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201506/20150609_63016.html
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タグ : 飯舘 河北新報

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