政府の原子力災害現地対策本部は13日、東京電力福島第一原発事故に伴い南相馬市の一部に出ている避難指示について、放射線量が比較的高い帰還困難区域を除く避難指示解除準備、居住制限の両区域を早ければ7月1日に解除する方針を示した。同日、市役所で開かれた市議会全員協議会で後藤収副本部長が表明した。

 政府側は、市が解除の条件としていた住宅周辺の除染完了を確認したと説明。除染で空間放射線量が低下し、生活基盤も整いつつあるとした。
 後藤副本部長は解除時期について「7月上旬か中旬をめどに、早ければ7月1日を解除目標としたい」と述べた。15日に始まる住民説明会で市民の意見を聞き、市と協議して今月中にも正式な解除日程を決める。
 全員協議会終了後、桜井勝延市長は記者団に対して「具体的な日時が示されたことは評価する。住民説明会で出た意見を踏まえて国と協議したい」と述べた。その上で「解除に向けて住民の不安がなくなるよう努力する」とした。
 避難区域別の世帯数と人口は下記の通り。
 解除対象は居住制限区域と避難指示解除準備区域の計1万967人(3516世帯)。既に解除された楢葉町、川内村、田村市都路地区の人数を上回り最多となる。
 解除された3市町村の旧避難区域の人口は平成27年9月5日時点の住民登録数を基にした国の集計では楢葉町7325人(2682世帯)、川内村274人(139世帯)、田村市都路地区339人(112世帯)。
 政府は避難指示解除準備、居住制限両区域の4月の解除を目指していたが、前提となる環境省による宅地除染が3月末にずれ込むなどして断念した。

■南相馬市の避難区域別人口
▼避難指示解除準備区域
  3395世帯10508人
▼居住制限区域
  121世帯459人
▼帰還困難区域
  1世帯2人
※解除対象
  計3516世帯10967人(5月1日現在)
■準備宿泊登録者数
  658世帯1937人
(5月11日現在)


■森林、農地除染や住環境の整備課題
 夜間も含め自宅に長期滞在できる準備宿泊の登録は今月11日現在、1937人(658世帯)で、解除対象区域の人口の2割以下となっている。住民の帰還に向けては住宅だけでなく森林や農地、道路などの除染や、食料品店の開設など住環境の整備が課題となる。
 除染について環境省は平成28年度内の完了を目標に森林や農地などで実施するほか、住宅の再除染にも取り組む。
 住環境の整備について桜井市長は13日開かれた行政区長説明会で、大型商業施設の進出を目指して民間企業などと交渉していることを明らかにした。

■葛尾と川内来月解除へ
 避難区域を巡っては、楢葉町で平成27年9月5日、川内村の一部で26年10月1日、田村市都路地区で26年4月1日にそれぞれ避難指示解除準備区域が解除された。楢葉町は全町避難の自治体で初の解除だった。
 政府は葛尾村の避難指示解除準備、居住制限の両区域を6月12日に、川内村の避難指示解除準備区域を6月14日にそれぞれ解除する方針。

http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2016/05/post_13727.html
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 ベラルーシの首都ミンスクから南東へ約250キロ。チェルノブイリ原発から150キロ。最も汚染された地域ゴメリ州ベトカ地区のバルトロメフカ村の春は遅い。草は芽吹いてきたが、木々は裸のままである。

 4月、ぼくはこの村を訪ねた。外国人が珍しいのか、人の訪問そのものが珍しいのか、分厚い眼鏡をかけた女性が出てきた。70歳のレイバさん。ぼくの手を取って、しきりに話しかけてくる。人恋しいのだろう。

 30年前の原発事故が起こる前、この村には2000人が暮らしていた。今、住民はたった4人になった。一番年長者である86歳のエレナさんに家のなかを見せてもらった。色鮮やかなベラルーシ刺しゅうのクッションカバーから、故郷への愛情が感じられた。

 「さびしくないですか」と尋ねると、エレナさんは、「サビシイ、サビシイ」としみじみ答えた。

 ベラルーシでは年間被ばく量が5ミリシーベルト以上の地域を、強制移住地域と定めている。ベトカ地区は、強制移住の地域が多く、いくつもの村が「埋葬の村」となった。人の立ち退きはもちろん、家屋を壊して地中に埋めたため、そう呼ばれるようになったのである。

 バルトロメフカ村も、強制移住の地域である。しかし、この村の4人の住人のように、自分の意思で汚染の村に残る決意をした人たちもいる。「サマショール」と呼ばれる人たちである。

 サマショールとは、ロシア語で「わがままな人」という意味である、と以前、通訳の人に聞いた。今回、もう少し丁寧に聞いてみると、「サマ」とは「自分」、「ショール」とは「住み続ける」という意味で、「自分で決めて村に住んでいる人」という意味だとわかった。「わがままな人」という、批判めいたニュアンスはなく、むしろ、人生を他人任せにせず、きちんと自己決定した人というように、ぼくには聞こえた。どんな過酷な状況も、自己決定は重要なことだ。

 意識して、現地の人たちの会話に耳を傾けてみると、「サマ」という言葉が耳につく。

 たとえば、村を訪ねていくと、高齢者が必ずといっていいほど作っているのが「サマゴン」という酒。ジャガ芋と砂糖で作った酒で、ウオッカよりも強い。「サマ」=自分で、「ゴン」=作る、つまり自家製の酒ということだ。

 興味深いのは、行政もサマショールたちを見放していないことだ。飲料水や生活用水となる井戸水は、何度も放射線測定し、安全性を確認。食べ物に関しても、放射線測定をしたものを食べるように指導しているという。外部被ばくの危険性が高い地域であるから、せめて飲料水や食べ物からの内部被ばくをできるだけ低くするためだ。

 バルトロメフカ村から20キロ離れたところにあるジェレズニキ村も訪ねた。この地域は、バルトロメフカ村よりやや汚染度が低い。年間被ばく量1〜5ミリシーベルトで、希望すれば安全な地域に移住する権利が認められている。かつて200世帯が暮らしていたが、今は25世帯のみになった。

 残った人たちは、健康診断と、放射能の見える化、そして、子どもたちには保養を30年間続けてきたという。

 偶然、この村出身の48歳の女性が村を訪ねていた。18歳でチェルノブイリ原発事故に遭い、この村を出た。30年たっても、どうしても自分の村を忘れられなかった。故郷は何物にも代えられないのだろう。持参した線量計で空間放射線量を測ってみると、毎時0・07マイクロシーベルトという値が出た。30年で生活圏のセシウム値は低くなっている。しかし森の中は線量が高く、キノコや山草を採る事が許されていない。

 原発事故は、人びとの生活を根こそぎ奪っていく。村を出ていった人も辛(つら)い人生となった。子どもや若者がいなくなった村に残った人も、苦しくて寂しい人生になった。原発事故は残酷だ。原発の惨事を三たび起こさせてはいけないと思った。

http://mainichi.jp/articles/20160515/ddm/013/070/033000c

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